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日時:2018年11月21日 カテゴリ:水素燃料電池
 
【中国水素・燃料電池の今後の動向に関する考察】
 
弊社はこれまで中国水素・燃料電池の動向を追ってきました。先日これまでの調査の総論となる「2019年中国・水素燃料電池の動向」調査レポートを執筆しました。今回のブログではこれまでのまとめとして、中国FCV市場の抱えている課題とそれを踏まえた上で今後の市場動向について弊社の考えを書いていこうと思います。少し長い文章ですが、ここに書いてある内容が今後の中国FCV市場の動向を掴む上で必須の内容だと思いますので是非最後まで一読いただけたらと思います。
 
 
初めに

 中国の燃料電池車市場は2016年に中国中央政府が水素燃料電池を重点発展領域に指定して以来、各地方政府は独自の燃料電池車発展計画を策定し、企業への税制優遇の強化、燃料電池車購入補助金、燃料電池関連企業の設備補助金、新製品開発補助金、各種研究プロジェクトへの融資基金の設立、水素ステーション建設・運行補助金などの政策的支援体制を構築されつつある。それらの国の支持のもと、中国国内企業の中でも新源動力(Sunrise Power)、鸿基创能(SinoHykey)のような自らMEA、双極版といったスタックのキーコンポーネント部品を開発する企業が育ち始めている。また水素関連の産業パークも各都市で建設が進んでおり、産業チェーンの形成や水素ステーションなどの水素インフラが形成し始めている。このように僅か2年の間に中国燃料電池車市場は驚くほどの速さで発展してきている。

 

しかし、当然のことながら中国は世界の共通問題事項である高過ぎる燃料電池製造コスト、水素調達コスト、水素ステーション運行の不採算性などの問題に直面している最中にある。例えば、現在の中国の水素ステーションは政府の補助金頼みの状況となっており(中国水素ステーションの経済分析についてはこちらの記事を参照)、建設補助金などを受けていない水素ステーションの多くは赤字状況の可能性が高い。この結果、多くの投資企業の水素ステーションへの投資を遠ざけている。また、多くの投資企業は燃料電池車が今よりもっと増えるまでは水素ステーション建設に投資しないと考えており、素ステーションが増えなければ燃料電池車は増えないので悪循環に陥っている。

 

中国燃料電池車産業が抱える課題

筆者は現在の中国燃料電池車市場の課題として以下の4つの点があると考えている。

 水素インフラの普及

 ②水素調達コストの低減

 ③燃料電池供給コスト低減

 政府による強力な政策的支援

 

水素インフラの普及については、水素ステーションだけでなく、高品質で安価な水素の製造・輸送・貯蔵方法を確立することも重要である。燃料電池用の水素の製造方法については石炭化学工業副産ガス由来の水素の他石炭ガス天然ガス水素転化、メタノルまたはアンモニア分解、再エネによる電気分解の方法が既に確立しており、短期的には工業副産ガス由来の水素が最も安価で調達し易く今後も使用され続けるだろう。しかし生産地域が限定されている、安定供給の課題、スケール化の難しさ、純度の問題(コークス炉ガス由来の副生水素など)があるので、短中期的には再エネによる水電気分解や石炭のガス化、天然ガス水素転化(PSA処理)による高純度水素の調達が普及すると考える。そして中長期的には再エネによる水電気分解による水素供給が普及すると考える。高コストの水電気分解法でも、再エネの余剰電力を活用した水素製造は経済的合理性があることは先の記事でも述べている。一方で張家口、遼寧省といった北部地域では棄風率が高く、風力による余剰電力を利用した水電気分解水素製造法は既に実証実験が進んでおり、これらの地域では短期でも再エネ由来の水素供給が普及する可能性がある。

 

②水素調達コストの低減に関しては、安価な水素製造のほか安価な水素輸送方法を確立することも重要である。水素の輸送手段の経済分析についてはこれまでに様々な研究結果が発表されているが、ある程度の輸送量がある状況では低温液体水素タンクによる輸送が最もコストが低いという見方が主流となっている。現在液体水素輸送については明確な標準が無く、事実上不可能のため高圧気体ガスタンクによる輸送が一般的になっているが、この方法だと一回に運べる水素量が少ないため距離による変動コストが高い。また工業副産ガス由来の水素は生産地が沿岸部に集中しているため分散型供給が難しく、遠くの需要地への輸送は高コストとなる。このことからも、液体水素輸送の標準化は急務の課題である。また、液体水素輸送が可能となることで、水素ステーションの運行コストは下がり、採算性の改善に繋がる(2019年中国水素サプライチェーンの最新動向参照)。

 

③燃料電池供給コストの低減については、既に大手中国燃料電池システムメーカーは取り組みを始めている。中国の燃料電池はスタックとその構成部品、補機などは殆ど海外からの輸入品に頼っているため、燃料電池システムの製造コストは海外と比べても格段に高く、1kWあたり10000元(約16万5千円)と言われている(トヨタミライは1kWあたり230米ドル程度と言われている)。この高過ぎる燃料電池コストは完成車メーカーの利益を圧迫し、燃料電池購買者に高額な価格で販売されるわけなのだが、手厚い政府補助金によって辛うじてビジネスとして成り立っているというのが現状である。

 

中国科協首席の万鋼によれば、中国政府は燃料電池に関しては今後も一定の強度で補助を続ける方針だが、水路燃料電池産業を持続的なものにするためには燃料電池の供給コストの低減は重要な課題の一つである。短期的には中国国内で高性能な部品を安価に作ることは難しく、外国企業から調達する傾向は続くと思われるが、現在カナダ企業を筆頭に多くの欧米水素エネルギー関連企業が中国燃料電池車マーケットに注目しており、外国企業の参入はますます増えることが予想される(海外プレーヤーの中国水素燃料電池市場戦略参照)。中国に参入する外国企業が増えれば、競争により購買価格はより安くなる。またMEAやGDLなどのスタックのキーコンポーネントの中国現地生産化や双極板やシステム補機の内製化などの動きがトレンドとして現れ始めており、現地生産により供給コストは今後いっそう下がることが予想される。また燃料電池車の普及に伴い市場のパイが増えるため、大量発注、量産化によるコスト低減効果も期待できる。

 

④政府による強力な政策的支援の体制が整いつつあることはこれまでに何度も述べてきたが、十分なわけではない。中国の多くの地方政府は燃料電池車のインフラ開発や水素関連企業の誘致の方面にフォーカスしており、高品質低コストな水素製造や水素の充填・貯蔵・輸送、水素エネルギーの住居向け応用(定置型燃料電池)、標準策定などの政策支援はまだ遅れている。一方で、2019年は全国地方都市で相次いで水素・燃料電池産業に関する補助金などの支援政策及び発展ロードマップが相次いで発表されており、企業への税制優遇の強化、企業買収時の資金援助、燃料電池車購入補助金、燃料電池関連企業の設備補助金、新製品開発補助金、各種研究プロジェクトへの融資基金の設立、水素エネルギーに関する国家級研究プロジェクトへの補助金、水素ステーション建設・運行補助金(70MPa水素ステーションへの特別補助金あり)、高級人材誘致のための個人に対しての補助金などの内容が盛り込まれている。燃料電池車以外の分野でも支持体制を強化すると同時に、外資企業の参入及び国内企業との提携を支援する内容となっている。

 

中国の強みについて

このように中国にも世界主要国と同様いくつかの大きな課題はあるが、中国には他国には無い強みもある。一つ目は政府による強力な支援政策とそれを断行することができる中国独特の体制である。二つ目は巨大市場であり、今後燃料電池稼働台数が増えて行けばスケールメリットによる水素調達コストと燃料電池製品コストの削減の幅は大きい。三つ目は水素エネルギー資源が豊富であり、棄風・棄光など再エネ余剰電力を活用することにより水素を大量に生産することができる。筆者はこの三つの強みが今後の中国の水素燃料電池普及への主要なドライバーになると考えており、先に挙げた課題が解決することができれば中国政府の掲げる燃料電池車普及に関する野心的な目標が達成される可能性は十分にあると考えている

 

中国燃料電池の応用分野

最後に、中国における燃料電池の応用範囲についての考察を述べる。

中国では既に170万台もの新エネ車が普及しているが、基本的に市内での走行に止まっており、走行距離と充電時間の制約から長距離公共車、輸送車、トラックへの応用はできていない。この弱点を克服するためにも、中央政府は燃料電池車の商用化を重要視している。都市間を越える長距離走行の公共車の数は市内を走る公共車の数よりもずっと多く、政府はこの領域こそ燃料電池車の応用が適しているという見方を持っているこのため民間企業も中長距離走行・重量型商用車向けの燃料電池システムの開発にフォーカスしており、今後短中期的にもこの傾向は変わらないと思われる。

 

コストの面でも乗用車よりも走行距離が長い輸送トラックやバスなどの商用車の方が有利であり、今後燃料電池調達コスト、水素供給コストが大幅に下がらない限りは商用車での普及が先行するだろう。また、長江デルタなどの地域では燃料電池車の長距離走行に必要となる水素ステーションを備えた水素高速道路の建設も計画されており、実現すれば市内の輸送車、公共バスの他、中重量輸送トラックなどの長距離商用車への普及に弾みがつくと考えられる。また、一部フォークリフトや特殊車両の分野でも応用される例が広東省仏山などで一部見られる。今後中長期(2022年〜)で水素ステーションの都市部での普及が実現すれば、乗用車への応用も限定的ではあるが少しずつ現れてくると考える。

 

本考察に合わせて、中国の水素サプライチェーンについての弊社ブログ記事(第一部、二部)も是非合わせて読まれたい。

 

筆)2018年11月21日  中西豪(INTEGRAL総経理)

 

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