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■執筆日時:2019年1月19日 カテゴリ:水素、風力発電、太陽光発電
 
【水素の未来を考える(第二部)】
 
第一部に続き、第二部では水素の貯蔵・輸送について考えを書いていきたいと思います。第一部では水素は莫大な量の再エネを貯蔵するための有効なエネルギーキャリアであることを述べました。それでは次に再エネの貯蔵先として生産された水素はどのような形で貯蔵・輸送され、どのようなサプライチェーンを伝わり需要地に送られるのかについて説明していきたいと思います。
 
現在水素の貯蔵・輸送方法としては、以下の4つの方法が代表的です。
 
①高圧圧縮水素
水素を貯蔵する方法の中でも最も低コストで、気体状態のためそのまま利用できるという利便性を持つため、最も一般的に広く普及しています。この方法では水素はコンプレッサーにより圧縮され、例えば20MPaに圧縮された水素では常圧に比べて200分の1の体積になります。ただし、通常のトレーラー・トラックで運べる圧縮水素の量は300Kg程度と小さいため、数百キロを超える都市を跨ぐような長距離輸送にはコストの面から現実的ではありません。このような制限から、中国は豊富な水素製造資源を持つにも関わらず、製造地から輸送される水素は一定の距離内にある水素ステーションなどの小口の需要地に限定されます。
 
②液化水素
液化水素は、水素ガスを-253℃に冷却することで液体状態になった水素のことであり、体積は気体状態の約1/800、体積密度は70.8kg/m3となるため圧縮水素に比べて輸送効率は12倍になります。また、液化を通じて高純度の水素が利用できるため燃料電池車等との相性が良いという特徴があります。このような特徴から生産地から数百キロ離れた需要地への輸送にも適しており、都市を跨ぐ中長距離の水素サプライチェーンを構築するための重要な技術として期待されています。一方で、大掛かりな冷却設備、特別な貯蔵タンクが必要となるため高コストであり、液化の過程におけるエネルギーロス(15〜30%)の発生、輸送中における水素の揮発によるロスが発生するなどの問題点もあります。現在中国では江蘇省蘇州市張家港において液化水素の生産・貯蔵に関する開発が一部の研究機関・民間企業によって盛んに行われており、2018年末には中国初となる6.5トン/日生産能力を持つ液化水素生産工場の建設がスタートしています。現在液化水素の輸送に関する明確な産業標準はまだ策定されておらず、今後の実証プロジェクトを通じて標準が策定され、段階的に普及して行くことが見込まれています。
 
③液体有機水素キャリア(LOHCs)
LOHCsは水素をトルエン等と反応させることでメチルシクロヘキサン等の有機ハイドライドとして化学的に吸着させ輸送・貯蔵する方法であり、体積は気体状態の約1/500、体積密度は47.3kg/m3であることから水素の長距離・大規模輸送が可能となります。この方法の最大の特徴は、常温常圧で液体状態であり、ガソリンと同じ第一石油類であるため既存の石油流通インフラが活用でき、追加的な設備コストが削減できるという点です。但し、水素を取り出す過程においてエネルギーロスが発生(30%前後)し、外部から300〜400℃の熱を加える必要があるため、エネルギー効率の低下だけでなく、コストも増大してしまうという側面もあります。
 
日本では千代田化工がSPERA水素技術(図1)という高効率な水素化反応・脱水素化反応技術を開発しています。
 
図1、SPERA水素技術
(出典:日本郵船ニュースリリースより)
 
2020年よりブルネイで再エネから生産したSPERA水素を日本に輸送する壮大なプロジェクトが世界に先駆けてスタートする予定となっており、2025年には本格的な商業化が目指されています。この技術は海外で発電した再エネを水素というキャリアにして貯蔵し、日本への大規模な輸送・供給を可能にする大変夢のある技術(図2)であり、石油資源の乏しい日本にとってエネルギー安全保障の強化という観点から非常に注目されているのです。
 
中国でもLOHCs技術は近年注目されつつあり、湖北省武漢にある武漢氢陽能源(Hynertech)有限公司では2018年1月に中国初となるLOHCs製造工場の試験運転を開始しています。
 
 
図2、SPERA水素により可能となる未来の水素調達とエネルギーの流れ
(出典:千代田化工ニュースリリースより)
 
 
④パイプライン
水素を最もエネルギーロス無く、大規模かつ安定的に輸送する方法としてパイプライン輸送があります。パイプラインとしては、水素だけを輸送する水素パイプラインと、天然ガスのパイプラインに水素をブレンドする形で輸送する二つの方法があります。欧州や米国では数千キロに及ぶ水素パイプラインが整備されていますが、中国や日本ではまだ実績はほとんどありません。また、水素パイプラインは水素の漏洩を防ぐための特別な仕様が必要であり、距離が長くなるほど設備投資が増大するため、工業副産水素や再エネ由来の水素資源が豊富な中国では水素パイプラインの建設はほぼ進んでいません。なお、天然ガスパイプラインに再エネ由来の水素をブレンドする方法については、ガスグリッドの低炭素化のための有効な方法として、2000年代初期から欧州で検討されています。
 
オンサイトでの水素製造
現状中国では液化水素の輸送ができないため、需要地近くに石炭化学プラント、またはMW級風力・太陽光発電設備がない場合はオンサイトで水素を製造する必要があります。オンサイト水素製造は水素ステーション内に設置された水電解水素装置で製造するか、パイプラインからの天然ガスを改質して水素を取り出す二つの方法が現在主流となっています。
 
水素サプライチェーンの今後
以上4つの代表的な水素貯蔵・輸送方法を説明しましたが、これらの貯蔵・輸送方法の特徴から、どの方法が最適かは水素需要地点における需要規模と需要地付近の水素生産資源の有無に大きく依存することがお分かり頂けると思います。
 
IRENAは、水素サプライチェーンの今後のロードマップは、以下の4つのステップ(図3)を踏むと説明しています。
①オンサイトでの水素製造
②ローカルにおける中規模(数十MW)の水素製造→ローカル需要地へ近距離輸送(中国は今ここ)
③集中方式における大規模(数百MW)の水素製造→全国需要地へ輸送
④海外から大規模の水素調達→全国需要地へ輸送
 
現在の段階ではFCVや定置型燃料電池などの水素需要が小さく、大規模な高純度水素製造設備や液化水素設備は採算が取れないため投資ハードルは非常に高いです。従って、現時点ではオンサイトで水素製造するか、ローカルにおける中規模の水素製造→高圧水素ガスをトレーラーで需要地まで小口の輸送をする方法だけが現実的であると説明しています。そして中長期的には全国的に水素ステーションが普及し、水素需要量が分散的に拡大した段階では集中方式による大規模水素製造、液化水素などの長距離輸送可能な形にして全国の需要地へ輸送することになると説明しています。
 
図3、IRENAによる水素サプライチェーンのロードマップ
(出典:IRENA(2018))
 
弊社は中国のケースもこのロードマップを歩む可能性が高いと考えています。中国は中国西部から東北部にかけて莫大な再エネ資源(風力、太陽光)を保有しており、棄水、棄風、棄光量から算出できる理論的な水素製造量は179.82万トン/年第一部参照)にものぼります。中長期的にはこれら再エネ由来の水素が液化水素などの形で数百キロ離れた全国の需要地点に輸送され、石炭や天然ガス由来の水素に並ぶ主要な水素サプライチェーンとなるでしょう(中国水素サプライチェーンの産業調査レポートはこちら)。
 
このような形で全国における再エネ水素サプライチェーンが構築されてゆくと共に、燃料電池車、燃料電池鉄道、燃料電池船舶などが普及していき、中国の交通セクターは低炭素化されていく。定置型燃料電池もやがて全国の発電所への導入が進み、発電セクターでも低炭素化が進んでいく。そんな水素の未来を中国は見据えているのではないでしょうか。
 
 
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