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■日時:2020年3月06日
[考察]Lindeの水素エネルギービジネスにおける中国進出戦略
過去の2回のブログにあたり、Air LiquideとAir Productの中国の水素エネルギー分野における進出戦略について説明させていただきました。今回は、イギリスのガス会社Lindeについて、述べさせて頂きます。(Air Liquideについては、こちらのブログ→[考察]Air Liquideの中国水素エネルギー市場進出におけるSinopecとの提携のインパクト、Air Productsについては、こちらのブログ→[考察] Air Productsの水素エネルギービジネスにおける中国進出戦略、をご参照ください。)
0.はじめに
以前のブログでも繰り返し述べていますが、海外企業か、水素エネルギー分野に参入する際に、中国の国内企業と比較して、アドバンテージを持っているのが、低温液体水素の分野になります。この点において、中国国内企業は、海外企業におくれをとっており、国内の産業標準も策定段階にあります。加えて、中国では、将来的には水素の大規模長距離輸送においては、低温液体水素が高圧気体水素よりも、経済性に優れているという見方が業界の主流であり、国土の広大な中国において、水素アプリケーションの普及と共に大量の水素を省外から調達する必要がでてくることを、考えると、将来を見据えて、低温液体水素の輸送ビジネスに備えていくことで、上記の3社にとって大きなビジネスチャンスに、繋がっていきます。その準備をする上で、現地企業と協力しながら、水素産業バリューチェーンの上流で、水素資源の確保にあたり、中流で、水素ステーション・インフラの開発を促進し、下流で、FCVの普及を促し、水素需要を育てていくことが、基本的な戦略になります。
長期的なビジョンというのは、3社とも共通しているように見えるのですが、その過程においては、参入地域や速度・積極性において違いがあります。Lindeは中国における本社機能を置く上海に軸足を根差した戦略をとっていると考えられます。中国自動車工程学会SAE(中国汽车工程学会)の策定した「長江デルタ地区における水素回廊開発計画(长三角氢走廊建设发展规划)」によると、上海含む長江デルタ地域においては、2030年までに、500ヵ所の水素ステーションと20万台のFCEVの普及をめざしており、短期的には、インフラ整備の需要が大きく、将来的に水素エネルギーの需要が大きくなる地域であり、Linde含む各社にとって魅力的な市場になります。
まずは、Lindeは、この計画に合わすように上海から、長江デルタ地域へと水素エネルギービジネスを広げていき、将来の低温液体水素輸送ビジネスへとつなげていこうとしているのではないかと考えられます。(上海における水素エネルギー・FCV関連の政策の詳細につきましては、こちらのレポート→2019年中国水素・燃料電池産業の最新動向に記載されています。)
では代表的なLindeの取り組みを紹介していきたいと思います。
1: 上海金山化工区水素ステーション
Lindeは、中国にて、これまで19ヵ所の水素ステーションの建設経験のある水素ステーション関連装置会社のSUNWISEとFCV含む新エネ車のシェアリング・リースビジネスを展開しているShanghai E-drive(上海驿动汽车服务有限公司)らと共に、合弁会社Shanghai Elite Energy (上海驿蓝能源科技有限公司) を設立しました。(持株比率: Sunwise 51%, Linde 10%, Shanghai E-drive 10%, 上海鑑鑫投資有限公司 29%) そして、上海金山化工区に、世界最大となる水素ステーションを建設しました。1日当たりの水素充填容量は、1,920㎏で、この化工区内での通勤移動用に、SAIC(上海汽車)がFCVを提供し、そちらの運営をShanghai E-driveが行っています。

こちらの水素ステーションにLindeは、自社のコンプレッサーや70MPaのディスペンサーを導入していることに加えて、水素ステーションに、自社の化学工業工場から、パイプラインで副生水素を回収・供給しています。この水素ステーションにおける特筆すべきポイントは、親ステーションとして、周辺の小規模の水素ステーションに水素を供給するハブ機能を持つことが予定されている点があげられます。そして、Lindeは、金山区のステーションに加えて、親となる水素ステーションを、上海漕河涇化学工業区(上海漕河泾化学工業区)にも建設する予定です。こちらも、Lindeのもつパイプラインの技術を利用し、化工区内の副生水素を回収・供給する計画であり、2007年にSUNWISEと共同建設した上海安亭水素ステーションや、Shanghai Elite Energyの計画するその他の水素ステーションに水素を供給することになります。(Shanghai Elite Energyは、金山区も含め、2020年までに計5ヵ所の水素ステーションを上海に建設予定です。)
一方で、産業バリューチェーンにおける下流においては、Shanghai E-driveは上海に、200台のFCVを配備していく計画を持っており、加えてSAICも、子会社のSUNWINを通して、2018年に安亭地区にFCバスを導入しています。下図にも見られるように、Lindeは、SUNWISE, Shanghai E-drive, SAICらと協力して、上海内の水素ステーションとFCVの配備を進めていこうとしていることが見えてきます。

図1:上海内でパートナーと進める水素エネルギーハブ構想( INTEGRALレポート2019年海外プレーヤーの中国水素サプライチェーン戦略より)
まとめますと、Lindeは、自身の持つパイプライン技術を用い、化学工業区内の工場からの副生水素を1か所の水素ステーションに回収し、そこを水素供給のハブとして周辺の小規模の水素ステーションに供給することで、上海の地元企業と協力しながら、上海内の水素ステーションのインフラ構築を進めようとしています。その過程で、Lindeは水素供給、高圧ガスによる短距離輸送、装置導入などによる収益を得ることができます。ただ、副生水素は水素の安定供給には向かず、生産量も考慮すると、将来的には、FCVが普及するにつれ、更なる水素供給が求められると思われます。しかし、それが、Lindeが長距離液体水素輸送ビジネスに参入するチャンスに繋がります。中長期的には、この水素ハブ構想を、比較的副生水素の生産の多い、長江デルタ流域に広げていくことが考えられます。こうすることで、Lindeは、将来の水素エネルギーの供給先を拡大していくことができます。
2.Baowu Groupとのパートナーシップ提携
2019年11月25日に、LindeはBaowu Steel Group(中国宝武集団)の子会社Baowu Clean Energy(宝武清能)と、液体水素工場・インフラの投資機会の探求と中国の水素市場の発展開発における覚書を締結したことを発表しています。

写真 2:LindeとBaowu Clean Energyの覚書締結の様子
同年に、Baowu Groupの上海における宝山支部とBaowu Clean EnergyはPetroChina(中国石油)の上海支社やShenlong Busとも、水素エネルギーの領域で、提携を結んでいます。またBaowu Groupに宝山水素エネルギー産業技術革新連盟(Baoshan Hydrogen Industry Technologiy Innovation Alliance)を6月に発足しており、宝山政府や上海大学なども加入し、上海含む長江デルタ地域での水素エネルギ―業界の開発発展に力を入れ始めています。
この提携において、第一に、LindeはBaowuグループと共に液体水素の実証プロジェクトに参加する機会に恵まれる可能性があります。これは、将来の液体水素ビジネスへの試金石となります。また、Baowuグループが、産出するコークス炉ガスから副生水素を回収することが出来ます。Lindeのパイプライン技術を導入し、金山化工区のように、工場区内に、ハブ水素ステーションを作ることも可能となります。
第二に、Baowuグループが、長江デルタで形成し始めている水素エネルギーのエコシステムに参加することで、この地域におけるLindeの市場参入を加速化することができます。加えて、Baowuグループは武漢にも、本社を構えており、武漢の子会社のWISCOガス(武钢气体)が、中国水素エネルギー産業技術革新応用連盟(HITIA)に加入しており、Baowuグループが武漢においても水素エネルギー事業を活発化させる際には、こちらにおいても、Lindeは、水素エネルギー市場への参入する機会に恵まれる可能性があります。
3.SPICグループとのパートナーシップ提携
2018年11月10日に、電力投資会社のSPIC (国家电力投资集团) の子会社CPISEC(中电智慧综合能源)と水電気分解によるグリーン水素製造における提携に関する覚書を結んでいます。

写真 3: LindeとSPICグループのCPISECとの提携の様子
Lindeは、アメリカ、ヨーロッパなどで積極的に水電解における水素製造のプロジェクトをこれまで実施しており、SPICグループのグリーン水素におけるプロジェクトをサポートすることができます。その際に、Lindeは、関連機器を導入し、収入をえることができ、かつ中国での水電気分解における水素製造の実証プロジェクトに参加し、中国でのデータを収集することができます。
SPICグループは、中国において、風力発電所や太陽光発電所を多数所持・開発しており、LindeはSPICと協力して、そこから生まれる棄電を利用して、水素を製造することができます。そしてその遠隔地で製造された水素を、水素需要の高い地域へと販売することで、将来的に、低温液体水素輸送ビジネスへとつなげていくことができます。(棄電における水素製造につきましては、こちらのブログ→中国燃料電池用の水素供給の今後の動向についての考察をご参照ください。)

図2:SPICグループにおける再エネ発電所ベース(開発中含む)、2019年海外プレーヤーの中国水素サプライチェーン戦略参照。
4.ITM Powerとの資本提携
2019年10月22日に、LindeはイギリスのPEM水電解槽の開発メーカーITM Powerと資本提携をむすんでおり、(LindeがITM Powerの20%の株式を取得)、2020年1月には、合弁会社を設立しています。(持株比率: Linde50%、ITM Power: 50%)。
Lindeが、SPICとのプロジェクトなどにおいて、将来、ITM Power、合弁会社、またはその、PEM水電解における技術・製品を、中国に持ち込む可能性があります。Lindeの液体水素輸送事業に加えて、水素製造事業においても将来的に積極化していくことができ、将来、中国の豊富な再エネ資源を活かして、製造から輸送、貯蔵、水素提供までのバリューチェーンを中国内で構築していくことができます。
5.まとめ
まとめますと、Lindeは短中期的には、上海を軸足として、長江デルタ地域にて、国内企業と協力して、自身の持つパイプラインのノウハウを用い、化学工場などから出る副生水素を回収・利用した親となる大型水素ステーションを建造し、周辺に中・小規模の水素ステーションを配備し、水素ハブを構築していきます。そして地域のFCV市場の育成に貢献し、水素エネルギー需要を育てていきます。
将来的には、水素需要が育ち、副生水素では、水素供給量に限界があり、また水素の安定供給が課題となる為、再エネ資源から水電解により水素を製造し、自身やパートナーが手掛けたハブ水素ステーションに、水素供給する為に、低温液体水素輸送ビジネスを確立していく。これが、Lindeが描いている中国における水素エネルギー事業戦略ではないかと考えます。
以上が、私のLindeの水素エネルギー市場における戦略に関する考察になりますが、より詳細な情報につきましては、こちらのレポートに→2019年海外プレーヤーの中国水素サプライチェーン戦略に記載しております。そちらには、Air LiquideとAir Productsの戦略についても同様にのべておりますので、中国の水素サプライチェーンの今後を考えるうえで、参考にしていただければ幸いです。また、三社の戦略に大きく関わる、中国の液体水素の産業標準の策定・発表が待たれるところであり、今後とも注視していきたいと思います。
2020年3月6日 鶴田 彬 (Integral 副総経理
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