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 ■ 日付: 2023年8月21日
【中国での気候関連情報開示-CDPと中国炭素排出権取引制度のスコープ1、2、 3における排出量報告基準を徹底比較】
この記事の筆者
 
まとめ
1. スコープ1排出量の算定・報告:CDPが求める排出量の情報開示の内訳は、中国の全国炭素排出権取引制度(ETS)ほどは、細かいレベルではない。よって、CDP用に収集された排出量データは、中国の全国ETS報告の参考にはなるものの、そのまま転用することはできない。
 
2. スコープ2排出量の算定・報告:CDPでは、ロケーション基準とマーケット基準の2つの算定方法が認められている。一方で、中国の全国ETSでは、マーケット基準手法はまだ認められておらず、スコップ2の排出量の算定には、グリーン電力PPAやエネルギー属性証書 (GEC)など、契約上の取り決めを一切考慮しない「ロケーション基準手法」のみが用いられる。したがって、該当するグリッドの排出係数が変わらない限り、排出事業者が全国ETSにおいてロケーション基準の排出量を削減する方法は、総エネルギー使用量を減らすか、屋上太陽光発電の導入などオンサイトの再エネ発電を増やすことに限られる。
 
3. スコープ3排出量の算定・報告:CDPに参加する企業は、スコープ3の排出量を報告する必要はあるものの、スコープ3の主な評価は、脱炭素化に向けたバリューチェーン内の取引先との取り組みにあるため、スコープ1や2に比べ、スコープ3の報告内容の詳細さやデータの正確性はあまり要求されでいない。中国の全国ETSでは、スコープ3の報告は義務付けられていない。
 
キーワード: #CDP #SBTi #RE100 #ETS #炭素排出権取引 #ロケーション基準 #マーケット基準 #GEC
 
このブログの内容に関心のある方は、こちらのレポートもご参照ください。:中国における脱炭素
また、English PodcastのEpisode 1: China's Carbon Market Quick Updatesもご拝聴ください。
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気候変動とサステナビリティに関する情報開示の重要性が高まるにつれ、注目する多国籍企業が増えている。このような情報開示活動に取り組むことで、企業は気候変動への取り組みにおいてリーダーシップを発揮し、企業ブランドを守り、かつブランド価値向上につなげることができる。一方、開示データは、投資家、顧客、従業員などの関係者が、企業の環境パフォーマンスを評価する際に、透明性と信頼性のある参考資料となり、ポートフォリオ投資や事業協力において、より良い意思決定に貢献する。​
 
現在、市場には国際的に確立された気候関連情報開示の枠組みが多数あり、その中でもCDP (Climate Disclosure Project)SBTi (Science Based Targets initiative)RE100などが、中国内でも注目されている。こうした枠組みは、サステナビリティの専門家にとってはなじみのあるものかもしれないが、各枠組みのフォーカスや関連性を理解する上で、一般のビジネスパーソンにとっては混乱しやすいものである。さらに、中国で事業展開する多国籍企業にとっては、現地の規制の中で国際的な枠組みがどのように適用されるかを把握することは頭痛の種になりかねない。現在、多く寄せられる質問は次のようなものだ: 企業がCDPに報告すべき主な項目は何か?自社がすでにCDPにスコープ1、2、3の排出量データを報告している場合、そのデータをそのまま中国の全国炭素排出権取引制度 (全国ETS) に適用できるのか、あるいはその逆は可能か?全国ETSに参加しようとする場合、企業が注意すべきリスクは何か?
 
上記の質問に回答するにあたり、この記事では、CDPと中国の全国ETSにおける主要な報告すべき内容について解説する。特に、スコープ1、2、3排出量の算定方法など、この両制度の報告基準の違いに焦点を当て、中国国内で国際的な情報開示の枠組みがどのように適用されうるかについて、詳細な比較を行う。この違いを理解することで、誤った報告のリスクを減らすことができ、その結果、中国で脱炭素化に取り組む際に、企業が負担する追加コスト (カーボンクレジットの追加購入など) を最小限に抑えることの一助になることを期待する。
 
気候関連情報開示の枠組みにおける概要 
簡潔に述べると、CDPは企業が質問書形式で環境パフォーマンスを報告するためのグローバルな情報開示プラットフォームである。CDPが対象とする項目は非常に包括的で、例えば、スコープ1、2、3の排出状況 (排出源、場所、施設など)、企業の排出削減目標、サプライチェーンの取引先との脱炭素化への取り組み、炭素市場への関与などが含まれるが、これだけに限定されない。
 
CDPの設立後、委員会は他のNGO数社と共同でSBTiとRE100を立ち上げ、前者はスコープ1、2、3の排出削減目標設定に着目し、後者は主にスコープ2の排出削減のために再エネ100%電力調達の達成に焦点を当てている。企業はCDPの質問書に答えながら、SBTiとRE100の進捗状況を報告すべきであり、一方で、SBTiとRE100に参加することで、企業はCDPのスコアを上げることができる。
 
図1:気候関連情報開示の枠組みの概要
 
CDPのスコアリング基準は、必ずしも企業が削減した実際の排出量に基づいているわけではない。むしろCDPは、企業が環境活動を透明化し、プラス影響を生み出すために実行するイニシアチブを評価する。
 
ETSに関しては、CDPの質問書には「カーボン・プライシング」という項目が設けられており、企業は強制的または自主的な炭素市場における関連活動を報告することができる。したがって、企業は、中国の全国または地方のETSにおける規制下にある場合、ETSの対象となる排出量、排出枠の取得数などをCDPに報告すべきである。
 
図2:CDP質問書 (2023年版) 
 
CDPと中国の全国ETSのスコープ1、2、3排出量報告基準の比較
CDPは現在「気候変動」「水セキュリティ」「森林」の3分野を質問書の対象としている。この記事では、最も重要な「気候変動」に着目する。CDPの質問書には、一般的な質問に加え、影響の大きいセクターを対象としたセクター別の質問も含んでいる。
 
CDPにおけるスコープ1排出量の算定・報告
 
一般式:
スコープ1排出量 (tCO2e) = 燃料消費量 × 排出係数
図3:CDPにおけるスコープ1排出量の算定・報告
 
一般的に、企業は、スコープ1排出量を報告する際に、異なるカテゴリー (国/地域、事業部、生産施設など) に基づいて排出量を分類すべきである。排出係数に関しては、世界的にはIPCC排出係数データベース、中国国内においては中国製品カーボンフットプリント係数データベース (中国产品全生命周期温室气体排放系数库) など、公表されているデータベースを参照することができる。
 
図4:IPCC排出係数データベース
図5:中国製品カーボンフットプリント係数データベース
 
CDPにおけるスコープ1排出量報告 vs 中国全国ETSにおけるスコープ1排出量報告:
中国の全国ETSに比べ、CDPのスコープ1排出量の算定は、より大まかな排出内訳が求められる。CDP用に収集された排出量データは、中国の全国ETS報告の参考にはなるものの、そのまま転用することはできない。CDPでは、企業の温室効果ガス排出状況を総合的に開示するよう求めている。一方で、中国の全国ETSでは、排出枠の公平配分とETSの総排出量の正確なモニタリングのために、炭素含有量 (tC/GJ)、低位発熱量 (GJ/t)、炭素酸化率 (%) など、発電ユニットの具体的な排出インプットに関する報告を義務付けている。このような具体的なデータインプットは、CDPでは要求されていない。
 
図6:今後、中国の全国ETSに含まれる見通しの鉄鋼セクター
 
CDPにおけるスコープ2排出量の算定・報告
CDPにおけるスコープ2排出量の算定方法には、ロケーション基準手法とマーケット基準手法の2つがある。
 
ロケーション基準手法は、電力が使用されている地域のグリッドエリアの排出原単位を計算する。ロケーション基準手法は、以下の一般的な計算式に準拠する。
図7:ロケーション基準手法を用いた、CDPにおけるスコープ2排出量の算定・報告
 
ロケーション基準手法は、契約上の取り決めを一切考慮しない。例えば、ロケーション基準手法では、企業が外部から調達する再エネ由来電力や、再エネ属性証明書 (GEC、I-RECなど) などは考慮されない。したがって、係数が変わらない限り、ロケーション基準の排出量を削減する唯一の方法は、単純に総エネルギー使用量を減らすか、屋上太陽光発電の導入など、オンサイトの再エネ発電を増やすことになる。
 
図8:屋上太陽光発電設置によるスコープ2排出量の削減 
 
マッケート基準手法は、企業が購入する電力に基づいて排出量を計算するもので、通常は、電力購入契約 (PPA)や、中国のグリーン電力証書のようなエネルギー属性証明が含まれる。現地で発電された電力ではなく、企業が調達した電力に関連する排出量である。ロケーション基準手法とは異なり、マッケート基準手法は、再生可能エネルギーの消費を考慮に入れている。再生可能エネルギーの排出係数はゼロとみなされる。
 
図9:マッケート基準手法を用いた、CDPにおけるスコープ2排出量の算定・報告
*マッケート基準手法を用いた排出量算定のヒエラルキーでは、まずエネルギー属性証書が最優先になり、次にPPAなどの発電事業者との契約が続く。グリーン電力商品はその最後尾にあたる。
 
理想的には、PPA契約書に排出源別の排出係数が記載されるべきである。現在のところ、このような排出係数は、中国の電力市場の中長期契約には記載されていないことが多い。エネルギー属性証明/契約の排出係数、またはサプライヤー固有価格 (グリーン料金メニュー) が利用できない場合、企業は以下の代替係数を用いることができる。
 
1) 残余ミックス排出係数:残余ミックス排出係数は、主張された証書、契約、サプライヤー固有係数を算定から取り除いたのちの、残りの排出量と発電量から算定された係数。
 
2) 地域/国グリッド排出係数:マッケート基準の算定方法においても、残余ミックス排出係数が利用できない場合、企業は地域グリッド排出係数や、最後の手段として、国のグリッド排出係数を用いることができる。
 
CDPは、地域/国グリッド排出係数よりも残余ミックス排出係数を推奨している。なぜなら、残余ミックス排出係数は、主張された証書、契約、サプライヤー固有係数がすべて取り除かれているため、契約手段の排出属性のダブルカウントを回避できるからである。
 
まとめると、上記のヒエラルキーを中国の状況に当てはめると、電力市場で電力を調達する (発電事業者と中長期の契約を結ぶ) 企業は、可能であれば、契約と結びついた電力源に基づく排出係数を選択すべきである。
 
通常、中小規模の企業が、契約における固有の排出係数が得られないでろうグリッドの電力代理購入で電力を調達する場合には、中国ではまだ残余ミックス排出係数を利用することができないため、地域/国のグリッド排出係数を用いることになる。このような場合、計算ロジックはロケーション基準手法と同じである。(電力代理購入についてはこちらの記事をご参照ください。:【中国、電力価格の上限を引き上げ:変更点と業界への影響】
 
CDPにおけるスコープ2排出量報告 vs 中国全国ETSにおけるスコープ2排出量報告:
CDPも全国ETSも、スコープ2排出量の算定には、ロケーション基準手法を採用している。しかし、この2つのシステムで用いられるグリッド排出係数は異なる。
 
a) CDPは、国のグリッド排出係数よりも地域グリッド排出係数を用いることを推奨している。地域グリッド係数は地域によって異なるため、地図に示されているように、中国国内で地域をまたいで拠点を展開する企業にとっては大きな違いが生じる可能性がある。中国には全部で6つの地域グリッドがあり、チベットを除くすべての省を対象としている。環境情報開示を行う上で、企業は、生産拠点の位置に基づき、地域の排出係数を参照することになる。例えば、北京は華北地域グリッド内にあり、上海は華東地域グリッド内にある。
 
図10:CDM/CCERにおける中国の地域グリッド排出係数
注:華北地域は北京、天津、河北、山西、山東、内モンゴル;東北地域は遼寧、吉林、黒龍江;華東地域は上海、江蘇、浙江、安徽、福建を含む; 華中地域は河南、湖北、湖南、江西、四川、重慶;西北地域は陝西、甘粛、青海、寧夏、新疆ウイグル自治区;華南地域は広東、広西チワン族自治区、雲南、貴州、海南を含む。
 
b) 中国の全国ETSでは、全国統一のグリッド排出係数 (2022年に0.5703tCO2/MWh) が用いられている。国のグリッド排出係数は、全国ETSの規制当局である生態環境部 (MEE) によって更新される。
 
地域グリッド排出係数は、グリッドの特定地域のみを対象としているため、特にCDP参加企業にとっては、地域グリッド排出係数を用いる方が実際の排出量に近くなるという利点がある。以前、国家発展改革委員会 (NDRC) (ETSの前規制当局) は2011年と2012年に中国の地域グリッド排出係数を公表していたが、その後、更新が滞っている。今後は、生態環境部 (MEE)が地域グリッド排出係数を更新する可能性があると考えられる。
 
そして、最新の地域グリッド排出係数はまだ発表されていないが、上海市など一部の市は、2022年に地域グリッド排出係数を更新している。上海に生産拠点を持つ企業であれば、上海市のグリッド排出係数を選択肢の一つとすることも可能である。
 
前述したように、中国のETSでは、マッケート基準手法はまだ認められていない。スコープ2排出量を算定する際に認められているのは、ロケーション基準手法のみである。一方、北京、天津、上海など一部の地方ETSでは、グリーン電力調達にマッケート基準手法が導入されている。2023年6月13日、上海市生態環境局は、購入したグリーン電力の排出係数をゼロに調整する通知を発表した。これは、北京電力取引センターを通じてグリーン電力取引に参加する地元企業が、マッケート基準手法でスコープ2排出量を算定できることを意味する (購入したグリーン電力に対してのみ)。同様に、北京市生態環境局は、グリーン電力を購入した排出事業者は、マッケート基準手法でスコープ2の排出量を算定することができ、グリーン電力の排出係数はゼロとみなすと発表した。
 
マッケート基準の算定方法は、省級ETSで試行された後、将来的には全国ETSに適用されるだろう。そのためには、グリーン電力取引、特に省間取引の成熟度を高めることや、ダブルカウンティングの問題回避を目的とした、より信頼性の高いトレーサビリティスキームなどを開発する必要があるだろう。(参照:【中国のグリーン電力パイロット交易プログラムが中国電力取引市場にもたらす変化とは】)
 
CDPにおけるスコープ3排出量の報告方法
スコープ1と2に比べ、スコープ3排出量の正確性はあまり要求されていない。なぜなら、企業のスコープ3排出量は、通常、サプライヤーや顧客のスコープ1・2排出量と重複しているからであり、絶対的な基準を設定することは難しい。スコープ3排出量を報告する主な目的は、正確な算定ではなく、バリューチェーンにおける高排出セクターを把握することである。
 
企業は、自社の事業に関連するスコープ3のカテゴリーを明確に特定しなければならない。一次データ (社内システムで収集・算出されたデータ) の利用が望ましい。一次データの入手が困難な場合は、政府省庁や業界団体など第三者から提供される二次データを利用することもできる。上述したデータベースは、企業のバリューチェーン内の特定の活動から直接得られた一次データではなく、業界平均レベルで収集された二次データであることに留意すべきである。そのため、排出係数の中には最新のものでないものもあり、算定を誤る場合もある。企業がスコープ3の排出削減に向けた解決策として考えられるのは、自社の活動に基づいた排出係数を直接設定することである。
 
一般式:
スコープ3排出量 (tCO2e)  = 活動データ × 排出係数
 
図11:CDPにおけるスコープ3排出量の算定・報告
 
CDPにおけるスコープ3排出量報告 vs 中国全国ETSにおけるスコープ3排出量報告:
CDP参加企業は、スコープ3の排出量を報告しなければならない。中国の全国ETSでは、排出事業者にスコープ3排出量データの開示を義務付けていない。
 
Apple、BASF、Starbucksなど多くのCDP参加企業は、製品のカーボンフットプリントを削減するために、サプライチェーンの取引先と積極的に関わっている。その上でも、カーボン・アカウンティング・ソフトウェアは、製品のカーボンフットプリントを算定するのに便利なツールであると言える。中国の有機食品メーカーであるBeijing Organic and Beyond Corpは、カーボン・アカウンティング・ソフトウェア・サービス・プロバイダーであるCarbonstopと提携し、カーボンフットプリント算定とクレジット・オフセットを通じて「カーボン・ニュートラル」コーヒーを生産している。
 
図12:カーボン・ニュートラル・コーヒー
 
今後の見通し
全国ETSは、熱電併給を含む年間排出量が26,000トンCO2を超える電力セクターの2,000以上の重点排出事業者 (KEE) と、その他のセクター (石油化学、化学、紙・パルプなど) の自家発電所を規制している。2025年までには、全国ETSは、セメントやアルミニウムなど、他の複数のセクターも対象とすることが予想される。
 
全国ETSで規制される見込みの低い非重工業企業 (小売、食品・飲料、金融サービスなど) にとって、CDPは準拠すべき主要な気候関連情報開示の枠組みとなるだろう。その一方で、鉄鋼、化学、アルミニウムなどのセクターの海外プレイヤーは、将来に向けてより良い対策を講じるため、双方の枠組みに注目することになっていくだろう。今後も中国のETS制度の発展を追いかけていきたい。(参照:【中国における排出権取引制度:どのようなビジネスチャンスが考えられるのか】)
 
このブログの内容に関心のある方は、こちらのレポートもご参照ください。中国における脱炭素
 
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